整形外科と医学教育
更新日 2019.7.20
はじめに
整形外科女性医師のキャリアの積み方の一例として,育てていただいた諸先生方,若手整形外科医,女性研修医や学生に向けたメッセージを伝えることができましたら幸いです.
整形外科医・脊椎外科医としてのトレーニング
私の整形外科医としての経歴は,1999年(平成11年)に東京女子医科大学を卒業し,守屋秀繁先生
が当時教授であった千葉大学大学院医学研究院整形外科学の門を叩いたところから始まる.自身が
ローテートした関連病院全てに脊椎脊髄を専門とする先生がおり研修早期から脊椎脊髄手術に多く
入る機会があったことより興味を深め,整形外科専門研修の後半からは脊椎脊髄疾患に臨床専門分
野を定めた.整形外科全般から脊椎脊髄の診察,検査,診断,保存療法,手術療法,後療法に関す
るトレーニングを広く行い,日本整形外科学会専門医を取得した.
私自身が整形外科医として研鑽を積む中で,専門医取得までの段階で研修先,経験症例などの仕
事の量,質ともに性別による機会の差別が全く無かったことは,意外であったがむしろありがたか
った.高いプロフェッショナリズムを持つ多くの先輩の元で仕事をし,アクティブな同僚後輩と切
磋琢磨する中で,整形外科医としての基盤を築くことができた.整形外科の知識技術の習得はもと
より,学術活動への知的好奇心やモチベーションが昂まり,その後の研究,学位取得,留学,後進
の教育へと挑戦し続ける礎となっている.
運動器疼痛の基礎研究から留学へ
臨床経験を積む中で,脊椎脊髄疾患の分子生物学的な病態への疑問,興味に直面し,2005年より千
葉大学大学院腰椎・運動器疼痛疾患グループにて脊椎変性疾患とりわけ椎間板性疼痛の伝達機序解
明に関する基礎研究を,神経細胞学の観点から掘り下げて行う機会をいただいた.約4年間の千葉大
学大学院における研究期間では,大学および留学で基礎研究を学んだ医局の先輩や,脊髄損傷の病
態解明・新規治療研究の専門である千葉大学神経生物学教室にお世話になり基礎研究の考え方, 実
験手技の基礎から手ほどきを受け,結果として変性椎間板に存在するNGF(神経成長因子), TNF-
α(腫瘍壊死因子)等の炎症性サイトカインが椎間板性疼痛を惹起させることを示すことができた.
学位取得後は,米国University of California, San DiegoのCampana研究室に留学し神経障害性疼痛, 末梢
神経再生の基礎研究を継続し,LRP-1(低比重リポタンパク受容体関連タンパク1)が末梢神経再
生を促進するという結果を見出した.延べ8年の基礎研究を通じて,いくつかの研究助成や賞をいた
だき,研究結果の公表も叶えることができた.
振り返ると,大学院から留学時代はさまざまな岐路に立っていた.学位取得と妊娠出産が重なった
時は苦労したが,細やかなご配慮をいただいた.マタニティ白衣の支給は素直に嬉しく,研究の進
捗,学位発表のタイミングは大鳥精司先生(現教授)をはじめとする指導医や同僚に何度も相談し
無事に修了することができた.出産時生死の境をさまよう事態があり一時療養したが,高橋和久先
生(前教授)からは「一度取組み始めたことは多少の困難があってもめげずに続けたほうがいい」
とのお言葉を常にかけていただき,色々壁に突き当たりながらも深い興味を持ち続け大学院から留
学時代の研究に没頭することができた.留学先でも産婦人科で準緊急的に全麻の手術を受ける機会
に直面し,かなり不安はあったが,家族の支えと研究室のボスのご配慮で乗り越えることができた.
医学教育をサブスペシャリティに
留学先の研究室には米国内外の医学部,他学部問わず頻繁に学生,留学生が配属されており,一
緒に実験を行い学生に手技を指導する機会や医学部のプログラムに関わる機会が多くあった.また
,留学先での自分自身や家族の受療経験や医師・研究者との関わりから,日本と日本以外での医学
教育,医師・研究者養成や臨床医の働き方の差異,医学教育のグローバルスタンダードという概念
を知り, 物事を多面的に捉える習慣がついた.
帰国後,2012年に大学に戻り大学院生, 臨床研修医,医学部生の指導を行う立場となり,留学時か
ら湧いた医学教育への興味が加速された.特任助教(いわゆるアテンディング)として整形外科臨
床・研究(エフォート50%),教育実務(エフォート50%)を行いながら医療者教育を専門とするため
の修行を開始することになった.2013年千葉大学国際FD としてThe institute of Education, University
of Londonで理系専門職の教授法を学び,2016年にはHarvard Macy Institute, Program for Educators In
Health Professionsに参加,2017年からはMassachusetts General Hospital(MGH)医療専門職大学院生と
して医療者教育修士課程を履修している.そのような中,ご縁をいただき,現在,母校である東京
女子医科大学の医学教育学講師として教育研究,医学部生教育プログラムの開発および評価に没頭
する毎日である.
MGH修士課程では,学部生や研修医に行っている自分の専門分野の講義や実習,研修などの教育そ
のものが研究テーマとなる.自分が医師としてこれまでに受けた教育基盤が非常に大切であること
を実感し,現在の自分の医学教育に対する考え方や教育技法の改善,実際に行っている教育の課題
を研究に応用する機会となっている.統計研究者,工学研究者などの専門領域をまたいだコラボレ
ーションで整形外科臨床実習における外来診察シミュレーションプログラム,外科系基本的臨床手
技プログラム,医学部生のキャリア構築プログラムの開発・改善に参画し,教育研究を進めている.
全国の若手整形外科医,大学院生で興味を持たれる方はご一報いただけると幸いである.
おわりに
整形外科に少しでも興味のある学生・臨床研修医の皆さんには男女を問わず,医学部の研究プロ
グラムや臨床実習,初期臨床研修のローテーションの間に積極的に整形外科医に接してもらいたい
と思います.整形外科医の多くは私を含め話好き,教え好きですので,整形外科領域の臨床・研究の
特徴や魅力,出産育児介護のニーズや個人の働き方への組織としての配慮についてなど,指導医,
専攻医にどんどん質問していただくのが良いと思います.また,このコラムに訪れてくれたように,
医局,臨床研修病院,学会などの信頼できるソースから色々な情報をキャッチして下さい.その中
で,疾患や研究への興味,雰囲気や整形外科医の生き方・考え方を含め,自分の心に響くものがあれ
ば,ぜひ整形外科の道に進むことをお勧めします!