アジアトラベリングフェロー報告記とイギリス留学記

更新日 2024.9.12

千葉県がんセンター 整形外科
木下 英幸

 整形災害外科学研究助成財団から選出していただきましたトラベリングフェローにて2023年6月にタイのシリラート病院を2週間訪問しました。また2023年10月から2024年3月までの半年間、イギリスのThe Royal Orthopaedic Hospital (ROH)に留学させていただきましたのでご報告させていただきます。

① シリラート病院留学記

 タイのバンコクにあるシリラート病院はタイ国内最大最古の病院であり、外来患者数も年間約380万人、病床数も2100床以上、また英語論文も年間900報を超えるなど、タイ屈指の病院です。シリラート病院の整形外科にも各診療グループがあり、その中に腫瘍グループがあります。レジデントは約50人、フェローも16人程度所属しており、私が訪問した時には腫瘍グループにはフェローが2人、レジデントも2人在籍し、外来・病棟管理・手術を積極的に行なっておりました。骨肉腫症例に関しては年間30-50例の紹介があり、シリラート病院は骨・軟部肉腫のHigh volume centerとして機能しておりました。私はChandhanayingyong (Mod)先生にご指導いただき、実際に外来診療と病棟管理を見学し、手術にも手洗いをして参加することができました。訪問した2週間では、残念ながら東南アジア特有の巨大な骨・軟部肉腫の広範切除の症例はありませんでしたが、骨・軟部肉腫術後感染の困難症例などの手術に参加することができました。また40分間の研究症例発表の機会をいただき、これまで論文にまとめたRotation-plastyやCPH reconstruction、脊椎転移による麻痺に対する手術成績と、現在行っている骨・軟部肉腫の基礎研究について発表し、有意義な質疑応答もできました。

 タイ国内の医師の中では「タイはまだ発展途上国」と認識している方も多く、金銭的に医療を受けることが困難である患者に対しても、限られた医療資源と患者の金銭面を考慮した上で最適な術式や集学的治療を行っていました。人工関節を比較的自由に使用できる環境に慣れている私に比べ、タイの骨・軟部腫瘍医は人工関節等を用いない代替術式の知識が豊富であることに驚かされ、様々な術式についてさらなる勉強が必要であると痛感しました。

 観光に関しては2週間と限られた時間でしたが、バンコクを中心に様々な観光地を訪問できました。Mod先生にも観光地に連れて行っていただき、またウェルカムパーティーも含め、現地の先生方には何度もお食事会を開いていただきました。東南アジア屈指のシリラート病院の骨・軟部腫瘍の先生方と知り合いになれたことや、多施設共同研究のコネクションができたことなどは、今回のトラベリングフェローシップで最も有益であったと思います。

写真1. シリラート病院の外観

写真2. Mod先生、フェロー、レジデントの先生方とのお食事会

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② ROH留学記

 一方、半年間留学させていただいたROHはイギリスのバーミンガムにあり、隣国のアイルランドからも頻繁に紹介があるように、イギリスのみならずヨーロッパにおける骨・軟部肉腫診療のHigh volume centerです。整形外科単科の病院(麻酔科・画像診断部・病理部はあり)ですが、病床数も130床程度あり、手術室も15部屋、40名以上のコンサルタントが在籍しております。脊椎から外傷・スポーツまで様々な診療グループがありますが、腫瘍グループは世界でも有名であり、日本からもこれまで何人もの骨・軟部腫瘍医が留学している病院です。

 世界の骨・軟部腫瘍診療ではMultidisciplinary team (MDT)が組織されていることが多く、一丸となって肉腫診療に取り組んでいます。ROHではMDTカンファレンスが頻繁に開催され、地域の病院や多職種における連携が確立されていました。実際に2022年度ではイギリス国内外から年間3800症例の相談があり、オンラインで早期に診断・治療方針を各病院に伝え、緊急性のある骨・軟部肉腫は速やかに紹介してもらい迅速な手術を行うなど的確なトリアージも行っております。手術に関しては腫瘍グループのみで年間2000例以上の手術(人工関節の手術も含める)を行っておりました。1週間に15-20件の骨・軟部腫瘍の手術を行い、そのうちの1/3-1/2が悪性腫瘍の手術です。週間スケジュールとしては火曜日の午前がMDTカンファレンスで午後に腫瘍専門外来を行っており、他の曜日は全て手術日でした。今回の留学の目的は手術の研鑽でしたので、朝から夜まで可能な限り全ての手術に手洗いをして参加しました。難易度の高い骨盤手術に関しては半年で20症例の手術に参加することができ、当院の5-6年分の症例を短期間で勉強できました。また大腿骨全置換術や、他にも本邦では行っていない手術なども含めて200例以上の手術に参加できました。

 イギリスでは医療システムが整っていることから、オーダーメイドインプラントのような高価なものであっても、術者が最も良いと考える術式を用いていました。タイの治療とは対照的なものであり、短期間で両国の肉腫診療を勉強できたことは非常に有意義でした。またROHでは、世界最先端と言っても過言ではない手術を数多く見学できたと思います。

 生活に関しては運良く寮に入ることができ、物価高でかつ円安の時期でしたが、寮生活は比較的安価でしたので本当に助かりました。寮にはインド出身の看護師さんなど、多くのアジアの方々が住んでおり、キッチンで様々な国についてのお話もでき、本場のインド料理をたくさんいただいたことなどは本当に良い思い出です。またフェローの先生方もアジア出身が多く、ネパール・スリランカ・フィリピン・シンガポール・インドの先生方とは飲み会やホームパーティーも何度もご一緒し、仲良くしていただき、本当に楽しい時間を過ごせました。最後の3月にはお世話になったお礼として、手製のお好み焼きパーティーを開催したところ、「アメージング!!」と喜んでいただき、たくさんの持ち込み日本食も食べていただきました。彼らの中ではお好み焼きは寿司と同レベルの代表的な日本料理と誤解されたようでした。

 観光に関しても多くの都市を訪れることができました。イギリスの歴史はもとより、地域の紛争やヨーロッパから見た世界大戦などについても勉強したいと考え、土日の半分は臨床研究や論文執筆、残り半分は積極的に観光に行くと決めました。イギリス国内ではスコットランド・北アイルランド・ウェールズ・イングランドの首都も含めて、イギリス旅行雑誌に掲載されている都市は全て訪問しました。イギリス国外にも弾丸観光を行い、アイルランドも訪問でき、アイルランド紛争の知識を深めることができました。またオランダのアンネ・フランクの家も訪問し、第2次世界大戦の残酷さについても目の当たりにし、臨床や手術研鑽以外にも様々なことについて勉強できました。

写真3. ROHの外観

写真4. オーダーメイドインプラント症例

写真5. お好み焼きパーティー後にコンサルタント・フェローの方々と

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 2023年度に東南アジアとヨーロッパの骨・軟部肉腫診療や手術・集学的治療を勉強できたことは本当に有意義だったと感じております。最後になりましたが、トラベリングフェロー申請におきましては大鳥教授にご推薦をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。また整形災害外科学研究助成財団の関係者の方々におきましても貴重な経験をさせていただきありがとうございました。何より、不在期間が長く、外来や病棟管理にて多大なご迷惑をおかけした千葉県がんセンター整形外科の米本部長、鴨田先生、萩原先生、ローテーターの先生方にも感謝しきれません。本当にありがとうございました。アジアとヨーロッパで得た骨・軟部肉腫診療の知識や手術手技を千葉県の骨・軟部肉腫の患者さんに還元し、千葉県がんセンターと千葉大学整形外科をより発展できますように今後も精進したいと考えておりますので何卒ご指導よろしくお願い申し上げます。