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第55回日本整形外科学会骨・軟部腫瘍学術集会Hottest Topic Award受賞報告

平成26年卒 土屋流人

 この度7月に東京船堀で現地開催、その後8月末までオンライン開催されておりました第55回日本整形外科学会骨・軟部腫瘍学術集会にて、Hottest Topic Awardを受賞しましたのでご報告いたします。

 受賞演題名は、「骨盤半裁術後の脊柱側弯の発生様式と増悪因子」となっております。骨盤半裁術は骨盤部に発生した腫瘍に対する根治的手術の1つです。過去に様々な合併症の報告がありますが、術後側弯が生じることは少数のケースレポートで報告されているのみで、まとまった報告はありませんでした。本研究は朝のカンファレンスで術後写真を見たときに側弯しているなとふと思ったことがきっかけでしたが、調べてみると想像以上に側弯が進行していたため、重要な合併症の一つと考えます。

 本研究は現在論文投稿中であり、また本研究のLimitationを通じて新たなClinical Questionが生じたため、今後多施設での研究を提案したところです。

 本賞の受賞、論文作成、新規研究立案にあたって、国立がん研究センター中央病院骨軟部腫瘍科の岩田慎太郎先生をはじめとする諸先生方から大変親身になってご指導いただきました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

 本賞を励みに今後とも腫瘍と脊椎両面において臨床・研究に邁進していきたいと考えております。今後ともご指導ご鞭撻のほど、何卒宜しくお願い申し上げます。
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2022年度 JOSKASフェローシップ① 広島大学 整形外科
平成24年卒 渡邉 翔太郎

この度は日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会(JOSKAS)のJOSKASフェローシップのフェローに採用いただき、9月12日から9月15日の4日間、広島大学整形外科に施設訪問させて頂きました。大変刺激を受けた非常によいフェローシップでした。この場を借りてJOSKASに感謝申し上げます。(施設②として岡山大学に12月訪問予定です。その時にはまたご報告をさせて頂きます。)
広島大学整形外科は本邦の膝関節外科を牽引してきた教室の一つです。臨床のみならず、自家培養軟骨移植術や間葉系幹細胞治療など基礎研究においても優れた成果を報告していて理想的な教室であると感じて希望させて頂きました。
膝手術の実際、膝外来の見学、基礎研究をおこなっているラボの見学、膝班の研究ミーティング、足の外科の外来と幅広く見学させて頂きました。膝班はトップが整形外科主任教授、かつJOSKASの理事長も務めている安達先生で非常に気さくでとても優しい先生でした。准教授の中前先生も同様の雰囲気を持っていて(お二人とも私と同じく学生時代はサッカー部に所属していたそうです!)千葉大学に似た土壌を感じましたし共通点も多いと感じました。そうした中で、特筆すべき点は、研究の組み立て、発表の手順などが非常に系統だっていて洗練されていると感じました。例えば、ACL再建については多施設レジストリーを組んでいて、術式についても自分達の研究結果を基にこだわりを持って行っていて、常により良い臨床成績に通じるように研究に取り組み、発表の予定を先まで組んでいました。
外来には複数の治験対象患者が来院し同時進行で進められていました。まずは基礎研究を行いその結果から治験に進め臨床に応用していくという過程をスムーズに繋げていると非常に感銘を受けましたし、広島大学整形外科の強さを感じました。また、大学病院の在り方や今後の研究や臨床、教育に関する心持ちなど非常に参考になるところが多かったです。千葉大学での活動に全力で生かしていこうと思います。
最後に、同年代の先生方とは、臨床(手術や外来)、臨床研究、基礎研究、そしてプライベートに至る話も多くさせて頂き非常に仲良くさせて頂きました。今後の学会活動が非常に楽しみです。切磋琢磨できる仲間を得られたことも非常に大きな収穫の一つです。
今回得た知識や経験は千葉大学に還元していきたいと考えております。当膝グループも佐粧 孝久先生のご指導のもと、臨床、基礎ともに意義のある発信をバシバシと続けて、日本一の膝グループを本気で目指し頑張っていこうと考えております。若輩者ではございますが今後ともご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します。
グループ悩まれている若手の先生方も、是非一緒に千葉の膝関節外科を盛り上げていきましょう、宜しくお願い申し上げます。

写真は順に
1.広島大学病院外観
2.手術見学
3.膝カンファレンス
4.安達先生と筆者
5.修了証
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第77回 国民体育大会関東ブロック大会・サッカー競技に帯同して

県立佐原病院
平成28年卒 林伸晃

 第77回国民体育大会関東ブロック大会・サッカー競技の試合が駒沢競技場にて開催され、ドクターとして帯同したのでご報告します。

 今年度の国民体育大会サッカー競技は成人男子、少年男子、少年女子のカテゴリーで分かれています。この予選は10月に栃木県で行われる国体に出場するために関東の各チームがトーナメントで争い、上位2チームを決めるものです。成人男子は昨年度まで細川博昭先生が帯同されていましたが、今年度から私が引き継ぎました。今年の成人男子のチームはブリオベッカ浦安の選手・スタッフをベースにVONDS市原の選手・スタッフを加えたチームで構成されました。

 コロナウイルス予防の観点から集合時に全員に抗原検査を行い、meetingはzoomで行い、飲水も各々のボトルで管理をすることで感染対策をして臨みました。大きな怪我やコロナ感染はなく終了しましたが、試合結果としては決勝戦でPK負けとなり、本大会進出とはなりませんでした。

 今回の帯同を通して学んだことはドーピングに関してです。普段関東リーグでプレーをしている選手はドーピング検査を受けていません。合流時のメディカルチェックの際に確認したところ、ほとんど全員の選手がサプリメントやプロテインを飲んでいました。ところが選手は国体本選出場や天皇杯の時にはドーピング検査を受ける可能性があります。普段から体を鍛える際に摂取していたものを突然止めるのは大きなストレスとなります。そのような場合に参考になるサイトがいくつかあり、例えばアンチ・ドーピングのためのスポーツサプリメント情報公開サイト(https://www.sports-supplement-reference.jp/)も参考になります。選手の立場に寄り添うことを考えた場合このようなサイトを利用することもできます。ですが、まずドーピング検査で陽性にならないためには自然食品から栄養を摂取することが大切です。
また来年以降も本大会に進出できるようサポートしていきたいと思っております。
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第77回国民体育大会関東ブロック大会・ラグビーフットボール競技の帯同ドクター活動のご報告

帝京大学ちば総合医療センター整形外科
平成31年卒 川口大貴

 第77回国民体育大会関東ブロック大会・ラグビーフットボール競技の試合が江戸川区陸上競技場および江戸川区臨海球技場にて開催され、守屋拓朗先生(千葉ろうさい病院)と共に帯同ドクターとして参加いたしましたのでご報告いたします。

 部門は成年7人制、少年(高校生)15人制、女子7人制の3つに分かれており、10月の栃木国体本戦出場をかけて関東各チームとの熱戦を繰り広げました。
15人制ラグビーが激しいコンタクトを伴うことはある程度知られてきてはおりますが、7人制も7分ハーフと短い試合時間でありながら、15人制と同じ広さのグラウンドを走り回ることや1日に何試合も行うことなどから、負けず劣らず高いアジリティと持久力を要します。
スポーツ特性だけでなく、その日の気候、局面ごとの選手の心理的変化、コンタクトの瞬間の姿勢などに注目しながらリスクを予測し、起きうる事態に対応すべく備えた上で試合を見守るという経験は、やはり現場に出てこそのものであると実感いたしました。幸い全日程を通して大きな怪我人なく全日程を終え、女子7人制は見事に本戦出場を決めました。

 私自身が、スポーツDrのキャリアとして、千葉県のラグビーをはじめとするスポーツ現場に出務したこと、5月のPHICISを受講したこと、いくつものステップを踏んでこられたことが自信にもつながりました。また、試合会場で出身大学の山梨県のスタッフには大学時代お世話になった恩人ともうれしい再会も果たし、スポーツでの人のつながりも実感することができました。
まだまだ若手ではありますが、病院では整形外科専攻医として、グラウンドではスポーツDrとして、人一倍汗をかいて精進いたします。
本戦は10月に栃木県にも帯同させていただく予定で、それまでの練習でもサポートしてまいります。美しく逞しい千葉県女子ラグビーチームの応援を是非よろしくお願い致します。
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ヨーロッパ留学と学位取得のご報告、ロシアによるウクライナ侵攻下での欧州生活について

                      平成22年卒 貞升彩
   
 2020年秋より、欧州委員会の大学院Erasmus Mundus Joint Master of Arts in Sports Ethics and Integrity (MAiSI)に留学しておりました平成22年卒の貞升彩です。無事に学位を取得し先月帰国しました。

 コロナ流行1年目に欧州に渡航し、以降ベルギー、チェコ、スペイン、フィンランド、ギリシャで生活しました。各国のコロナ事情に翻弄されつつも、なんとか日本とはだいぶ違うヨーロッパのCOVID生活(欧州では“COVID”と呼びます)に慣れていきました。少しずつヨーロッパが日常を取り戻し、それを謳歌し始めた頃、ロシアがウクライナに侵攻し戦争が始まりました。

 2月24日の開戦当初はスペインのバルセロナ中心地、カタルーニャ広場のそばに住んでおり、侵攻に反対する大規模なデモが行われているのを見ました。2月28日からフィンランドのヘルシンキに移る予定に元々なっており、予定通り引っ越しをしました。バルセロナの空港では早速モスクワ行きの便がキャンセルされており、着いた先のヘルシンキではフィンランドの国旗以上にウクライナ国旗を目にし、顔に落書きされたプーチン大統領の紙が街には貼られているのを見かけました。私の住んでいたアパートの前の公園には小さな子供によって描かれたと思われるウクライナカラーの国旗の絵がありました。振り返ると、ちょうどフィンランドのNATO加盟申請が国内で議論されている緊張感の高い時にフィンランドにいたことになります。

 ムーミン好きの私はヘルシンキからムーミン列車に乗り、タンペレという街にあるムーミン美術館に行きました。ムーミンが平和を切望した作者ヤンソンによって第二次世界大戦前後に描かれたのは有名な話です。美術館には大きなムーミンの家の模型が飾られているのですが、その窓は世界の様々な地域の建築様式が使われています。フィンランドとロシア間の冬戦争の結果、一部がロシア領土となったカレリア地方のカレリア建築も含まれています。ロシアの中でも最も自然が美しいとされるカレリアは、ほぼフィンランド語のカレリア語を母国語とし、今回の侵攻前までは国境をまたいでフィンランドとロシア間で人の行き来があった地域です。今は人の往来も限定されていると言います。フィンランドを愛し平和を願った作者ヤンソンが緊張が高まっている両国間の今の状況を見たら、きっとひどく悲しむだろうと思わずにはいられません。

 タンペレ駅を挟んで反対側にはレーニン博物館というフィンランドとロシアの冬戦争の歴史や外交関係を知ることができる小さな博物館があります。歴史の展示ブースには、2000年代の最後の記述として、“これからもフィンランドはロシアの文化などを尊重し良い外交関係を続けていく”と書かれていました。残念ながらこれまで積み重ねた外交努力はすべて無碍にされ、その後に追記される文言は何だろうかと考えると悲しくなります。博物館は平日の昼間にも関わらず、若い人々たちも訪れており、関心の高さがうかがえました。

 私のクラスメートは西側諸国といわゆるその同盟国出身者は少数派です。ウクライナやベラルーシの学生はおりませんが、21名中3名がロシアからの学生でした。スポーツインテグリティという、つまりはスポーツの不正をただすというのを目的とした学部であるため、学部開設当初から、組織的ドーピングなど課題の多いロシアからの学生が毎年多く在籍しています。開戦当初、欧州メディアは戦争ばかり、時には残酷な映像を報道する一方で、私のクラスでは侵攻に関する話題はタブーなのか、関心がないのか、そのことを表立って口にする人はほぼおりませんでした。私には他のクラスメートが何を考えているのかわからず、後にロシア政府寄りの考えを持つ人もどうやらいることが分かると葛藤を感じるようになりました。

 戦争が始まりヨーロッパでは物価が高くなりましたが、私がそれで生活に困窮することはありませんでした。ロシアの仲間は制裁によりクレジットカードが使えなくなり母国からの送金が途絶え、国籍故、家を借りるのも難しくなり、差別を受けるようになりました。国際法を無視し隣国に攻め入ったロシアの蛮行は決して許されないと思う反面、なかなか自分の思うことを自由に言えない、それを許される環境で育っていないロシアの友人がダメージを受け弱っていく様を見るのはなかなかつらいものがありました。開戦から半年、元々西側思想だった一人の学生はついに西側に対する否定的な言葉を並べるようになりました。そして、“もうヨーロッパにはいられない、(戒厳令が今後引かれれば)徴兵の可能性はあるけれどそれでもロシアに帰る”と言うようになりました。侵攻の長期化に伴い、侵攻に対する考えの違いが生じ始め、友人関係にも影を落とすようになりました。

 偶然なのですが、昨夏スポーツの国際機関でインターンをしたこと(所属したインテリジェンスチームで仕事として与えられた調査の対象国がロシアでした)と自分の卒論(トランスジェンダーアスリートの世界的動向の調査、および旧ソ連含めた権威主義的国家による性別詐称)のため、私は昨年の夏から旧ソ連諸国やロシアのスポーツを研究、調査していました。そのため、ロシアのスポーツとその闇には割と造詣がでてきた中起きたウクライナへの侵攻でした。“スポーツは社会の鏡であり、スポーツに社会は反映される”という言葉があるように、ロシアのスポーツ事情の調査から知り得たロシアの姿やそこに根付く思想は、今回の侵攻の中にも垣間見え、そうか、やはりスポーツには社会の構図が縮小されているのだと実感しました。

 留学生活が終わり、本当はヨーロッパで研究を続けたかったのですが、残念ながら継続できず今は日本で過ごしております。ありがたいことに、私のトランスジェンダーアスリートに関する研究を必要としてくれるスポーツ競技があり、今はその競技の関連の方々に協力をさせていただいています。以前より格段に国内スポーツ界におけるジェンダー課題への意識が高くなっているように見受けられ、この現象は東京オリンピックのもたらしたソフトレガシーの一つだと個人的には思っています。その競技での試みは、日本の中では初めての取り組みになるであろうことと、広く国外に視点を移せば、アジアの中でも初めての取り組みになろうかと思います。

 今回この留学記を書くべきかとても悩んだのですが、コロナ禍にヨーロッパに留学し、その間に侵攻が始まり、多くの非西側諸国の仲間に囲まれて過ごした特にこの半年の出来事は、日本人がそう多く経験することではないと考え、ここに公開させていただきました。あくまでこれは私の個人の思いと経験であります。留学については、心残りも多いのですが、とりあえず今は日本でできることを探し研究に取り組んでいきたいと思います。

写真上から順に
写真上段 バルセロナのカタルーニャ広場で2月27日に行われていたウクライナへの侵攻に反対するデモの様子
写真下段左 ヘルシンキからタンペレ行きのムーミン列車
写真下段中央 レーニン博物館入口
写真下段右 ヘルシンキ港付近の建物とウクライナ国旗
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