Research

研究

脊髄損傷

更新日 2021.7.15

急性期脊髄損傷に対する医師主導治験

-脊髄損傷に対する新規薬物療法の開発-

 

1. 脊髄損傷とは

 

 脊髄損傷(せきずいそんしょう)は怪我により脊髄がダメージを受け、四肢および体幹の運動麻痺・感覚麻痺・排尿排便障害をきたす疾患です。怪我による脊椎の変形や脱臼は手術により修復可能ですが、現在のところ、怪我で傷ついた「脊髄」に対しては直接的に効果のある有効な治療法はありません。

 

 日本では、脊髄損傷に対し損傷直後の場合にはステロイドという炎症を抑える薬による治療が保険適応となっております。しかし、最近ではステロイド大量投与による副作用を心配する声や、その治療効果があまりないのでは、という報告も増えており、徐々に行われなくなってきております。ステロイド大量療法に代わる治療法が羨望されております。

 

2. 急性期脊髄損傷に対する医師主導治験

 

 我々の研究室では脊髄損傷モデル動物を用いた基礎医学的研究にて、顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF)による運動麻痺改善効果を明らかにしました。G-CSFはすでに他疾患において臨床での使用が認められている薬剤です。G-CSFは骨髄(新しい血球を作るところ、一部幹細胞もいます)から幼若白血球を血中に動員する作用を持ち、血中の白血球を増やします。臨床現場では白血球が減った患者さんなどに使用されております。我々はこの薬自体による脊髄への保護効果と、G-CSF投与によって骨髄から動員された幹細胞が脊髄損傷に保護的に働くことを基礎研究で証明しました。動物実験で安全性、有効性を確認後、まず少人数の脊髄損傷の患者さんにG-CSFを点滴しました。その結果、G-CSFの脊髄損傷患者さんへの安全性と適切な投与量が確認されました。次に少し患者さんの数を増やして投与しました。投与しない人に比べて麻痺の改善がみられることがわかりました。

 

 その結果を踏まえて、我々はG-CSFの効果および安全性をみる最終段階の試験である「急性脊髄損傷患者に対する顆粒球コロニー刺激因子を用いたランダム化、プラセボ対照、二重盲検並行群間比較試験」という医師主導治験を行いました。全国約20の参加施設で急性期脊髄損傷患者さんに対し治験薬を投与して評価を行いました。この試験は、治験のルールに準拠した大変厳しい試験です。この試験で患者さんはG-CSFまたはプラセボという偽薬 (効果のない薬の溶媒)が投与されますが、患者さんも我々も実薬 (G-CSF)なのか、プラセボ薬なのかわかりません。G-CSF群とプラセボ群にはそれぞれ44ずつの患者さんが対象となりました。主要評価項目は、入院時から薬剤投与3カ月後までのASIA運動スコアの変化でしたが、G-CSF投与群とプラセボ対照群の間に有意差はありませんでした。一方、副次評価項目の1つであるASIA運動スコアは、薬剤投与後6カ月(P=0.062)および1年(P=0.073)において、G-CSF群がプラセボ対照群と比較して高い傾向にありました。さらに、65歳以上の患者さんでは、薬剤投与後6カ月間の運動機能の回復は、対照群に比べてG-CSF投与群で良好な傾向を示しました(P=0.056)。本試験のサブ解析では、特定の集団に対してG-CSFが有効である可能性が示唆されたものの、主要評価項目においてG-CSFの有意な効果は示されませんでした。本治験の結果は医学系学術誌「Brain」に掲載されています。(https://academic.oup.com/brain/article/144/3/789/6186719

 残念ながら今のところ薬事承認には至らず、脊髄損傷の患者さんに新しい治療法を届けることは叶いませんでしたが、本研究に携わっていただいた全ての方にこの場を借りて御礼申し上げます。

 

3. 脊髄再生医療の展望

 

 脊髄再生の道は大変険しく、おそらく薬物単体の治療ではでは重度の脊髄損傷の患者さんの麻痺を劇的に回復させることはできないでしょう。しかしながら、僅かな麻痺の回復でも脊髄損傷患者さんの日常生活動作にとっては大きな差になり得ます。また、現在研究が急ピッチで進んでいるiPS細胞や骨髄間質細胞に代表されるような幹細胞移植療法、ロボットスーツを用いたリハビリテーション療法、損傷部に生じた軸索伸展阻害因子を溶かす薬剤等もそれぞれ薬事承認を受け、将来臨床で使用できるようになったら、脊髄損傷治療の選択肢が増え、さまざまな治療の組み合わせによって患者さんの日常生活動作、生活の質の改善につながるのではと考えています。

 頚椎脊髄グループでは今後も脊髄損傷の基礎研究を継続して病態の解明と新しい治療の開発に取り組んで参ります。