Research

研究

軟骨再生

更新日 2021.7.28

本邦に1200万人の患者がいるとされる変形性膝関節症Osteoarthritis of knee joint(以下膝OA)は高齢社会の進行とともに益々患者数が増大しています。これは世界的にも問題となっています。一度発症したものを元の状態に戻すことは大変困難であるため症状を出す以前の方々を早期に見つけ出し、予防法を講ずることで患者数を減少させる試みに大きな期待がかかっています。

そのために当研究室では超早期に変形性膝関節症を見つけ出せるような画像バイオマーカーの研究、また、膝OAの原因となる軟骨損傷に対する軟骨再生研究に力を入れています。

 

  1. 軟骨損傷に対する治療法

関節軟骨は損傷を受けた際の修復能力が乏しいことで知られ、関節軟骨に生じた損傷は元の硝子軟骨で修復されず長期的には膝OAに至るため社会的にも非常に重要かつ注目の集まる分野です。

軟骨修復のメカニズムは正確には解明されておらず、軟骨損傷の治療法も確立されていないのが現状です。現在行われる治療法としては、骨髄刺激法(マイクロフラクチャー)、骨軟骨移植術(骨軟骨円柱を膝軟骨の端から荷重部へ移植する)、また、近年注目を浴びてきている細胞治療として自家軟骨移植(ACI)が各国で行われています。本邦でも自家培養軟骨移植術(JACC®)が保険収載されており臨床において普及し始めています。しかし、いまだ軟骨を硝子軟骨として完全に修復するには及ばず、2度の手術を必要とすることなどから新たな治療法の開発が臨まれています。

 

  1. 当研究室(膝スポーツグループ)の研究

以下、我々のこれまでの研究をご紹介します。

 

軟骨修復に関連する因子の探索

成熟ラット、未成熟ラットによる軟骨損傷の自然修復効果を調査し、未成熟ラットには自然治癒能力が残っていることを見出しましたが、幼弱な期間に限られることが分かっています。幼弱ラットでの遺伝子の動きを網羅的に調べてみるとTGF-betaの系が活性化されていることがわかりましたが、軟骨に特異的なものとは言えない結果でした。またこの時期には間葉系幹細胞(MSC)のマーカーであるCD105、CD166が未熟ラットで損傷早期に増加していることも同定しました。これは軟骨損傷が治癒するにはMSCが関与していることを示唆するものですが、治療法としてMCSを関節内に投与した場合には損傷早期でなければ効果が上がらないことも明らかにしています。臨床的には多くの軟骨損傷が陳旧性であるため、治療が困難であることを示す結果であるとも言えます。

 

骨髄刺激法の強化

骨髄刺激法(BMS)は骨髄細胞を誘導することで軟骨の再生を促すものです。我々は、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)をBMSとともに全身投与することで,ウサギ軟骨欠損の修復が改善するかどうかを検討しました。採血にて顆粒球数の上昇を確認できましたが、軟骨修復はコントロールと比較してBMS+G-CSFは治癒を促進する効果があることがわかりましたが、最終的に得られる再生軟骨はBMS単独と有意な差はなくさらに工夫が必要であると考えています。

 

MSC関節内投与

MSCの軟骨修復の促進効果を調査しました(同時にPRP(多血小板血漿)単独効果とPRPによるMSCの増強効果ついても調査)。MSC投与、MSC+PRP投与でコントロールと比較しより良好な軟骨修復効果をもたらしました。(PRP単独での効果は不十分、MSCにPRP併用した場合も増強効果はなく、MSC自体のgrowth factor産生によるものと考えられた。)しかし、その修復効果は過去の報告同様に完全な軟骨再生とは言えず不十分なものでした。

次にMSC投与の投与時期の検討も行いました。ラット部分軟骨損傷に対して損傷直後と1週間後にMSCを関節内投与し損傷修復効果を調査したところ損傷直後の投与では修復効果を認めましたが1週間以降では効果が不十分でした。これより軟骨変性が一度起きると修復効果が十分に得られない可能性が考えられました。また、投与後のMSCの動態解析も行ったところ、投与後には滑膜に分布していることを解明しましたが1週間後には関節内には同定できなくなっていました。こうした結果からも、他の報告と同様にMSC投与による軟骨修復はトロフィック効果(環境因子の分泌などによる間接的効果)がメインであると考えられました。

しかし、MSCは軟骨分化誘導培地にて培養することで軟骨細胞へと分化することが知られており(我々の実験においても軟骨細胞分化を確認している)、我々はMSCが直接細胞分化を行って軟骨細胞として直接的に軟骨修復を行うポテンシャルを秘めていると考えております。

 

Muse細胞による軟骨再生

再生医療の分野で多く活用されるMSCの中でも、1-5%程の割合で含まれるMuse細胞 (Multi-lineage differentiating Stress Enduring cell)はいかなる細胞へも分化できる多能性を持ち、免疫抑制機能を有し、損傷部位から発するシグナルによって損傷部位に遊走(ホーミング)して直接的に組織修復に寄与するという特徴をもちます。これまで心筋梗塞や肝障害、脳梗塞などの基礎実験でMuse細胞のホーミングおよび組織修復が報告されており、国内にて各々の治験が行われ注目を集めています。

そこで我々はこのMSCの中の一部であるMuse細胞に着目しました。MSCによる治療は間接的効果(環境改善因子等)がメインとされていたのも、直接効果を担うMuse細胞が非常に少ないことが原因であった可能性があります。そのため、Muse細胞投与

が軟骨再生の革新的治療法になり得ると期待して現在研究を進めています。

 

  1. 今後の展望

軟骨の発生は胎児期の軟骨原基まで遡らなければなりません。MSCが集まり軟骨原基を形成し、そこに血管新生が起こり、軟骨細胞の肥大化、石灰化を経て長管骨が形成されていくとされています。その結果として、最終的に関節軟骨が残って関節を形成します。この過程を考えると、軟骨再生への道のりがいかに険しいかを実感しますが、その難題を少しずつ解決し完全な軟骨再生の実現を目指して日々研究を続けております。

 

当グループでは、軟骨損傷や膝OAなど高齢者社会には欠かせない課題に対して今後も研究を継続して病態の解明および新規治療法の開発に取り組んで参ります。