第25回 Dutch Performing Arts Medicine Association(NVDMG)学会 参加記
更新日 2018.4.4
平成30年3月29日にオランダのデン・ハーグにて開催されたDutch Performing Arts Medicine Association (NVDMG) 学会に参加しましたのでご報告致します(Figure 1,2) 。
今年はNVDMG学会とデン・ハーグにあるMedical Centre for Dancers and Musicians (MCDM)の創立25周年にあたり、発表の合間ごとにオランダで活躍するDancerとMusicianによるパフォーマンスが披露され華やかな会でした。NVDMG学会長でMCDM理事を努める整形外科医のDr. A.B.M. Rietveld (Figure 3)はとてもチャーミングな方で、トミーという愛称で皆から呼ばれており、多くの参加者から愛されていることが伝わってきました。私にもPerforming Arts Medicineを一緒に盛り上げていこうと優しく話しかけて下さいました。
この学会は、Musicians’ MedicineとDancers’Medicineを主な二本の柱とし、臨床家と研究者、音大やダンススクールの教師と生徒、そして音楽家とダンサーが一同に会する貴重な機会です。今回のMusicians’Medicine部門の発表では、Playing-Related Musculoskeletal Disorders (PRMD)の疫学、指導介入による症状の改善の有無、有効な予防法の検討などが話題でした。
今回私が一緒に参加したBritish Association for Performing Arts Medicine (BAPAM)のDirector、Claire Cordeaux (Figure 4) はBAPAMが運営するClinicの診療状況を報告したのですが、非常に反響があり活発な質疑応答がありました。ちなみにこのBAPAMとはMusicianとDancerの健康を推進するために設立されたチャリティー団体であり、医療機関ではありません。Performing Arts Medicineに関する専門的な知識と経験を持つ医師、理学/心理療法士、言語聴覚士らがコンサルタントとして登録しており、決められた日程で相談を受けます(1セッション45分〜1時間)。費用は無料ですが受診は原則1回のみで、フォローアップはされません。ただ医師はNHSもしくはPrivate Hospitalで勤務している場合も多く、紹介状を作成し同じ医師が引き続き診療していくこともあります。
このようにフォローアップができないにも関わらず、BAPAM Clinicが利用者から高い評価を得ていることには理由があります。英国ではGeneral Practitioner(GP: 家庭医)に受診して専門医にかかるまで数ヶ月かかることもあり、しかもNational Health Service (NHS)での受診時間は平均10分程度と短いため、パフォーマンスレベルの機能障害や舞台特有の恐怖症等について十分な診療を受けることが実質難しいのです。それに比べてBAPAM Clinicは待機時間が短く、Performing Arts Medicineの専門家に相談できるため、総じて評判が良いのです。ちなみにBAPAM Clinicでの業務は奉仕であり、MusicianやDancerの力になりたいというコンサルタント達が給与を受けずほぼ無償で相談を引き受けています。
彼女は2016年までにBAPAM Clinicロンドン支部を受診した全819,651件の相談内容をまとめて報告しました。大変参考になる情報であり、一部抜粋して紹介します。
- 相談者の54%はプロの音楽家、41%が音大生。
- 相談者の62%が演奏家、21%が声楽家、9%がダンサー、6%が俳優。
- 相談者のジャンルは、56%がクラシック。
- 相談者の78%が身体的(72%が痛み、41%が機能障害)、42%が心理的兆候(気分障害と睡眠障害など)を訴えた。
- 相談者の64%がパフォーマンスに支障を来しており、22%は中止していた。
- 相談者の58%はすでにGPもしくはPrivate / Freelanceの医師への受診歴があった。
- Clinicでの評価の結果、70%は紹介状を作成され、62%は治療内容の助言を受け、41%はリハビリを奨められた。
- 相談者の48%は、2週間以内に受診できた。
- 相談者の98%が、臨床家からの助言に満足し、96%が友達に勧めたいと回答。
- 6ヶ月後emailでの調査で、回答者の75%は主訴が改善、10%は変化なし、9%は完全に解決、6%は悪化と報告した。
BAPAM Clinicはこのサポート活動を通して診療データを蓄積し、Evidenceに基づいた診療の確立を目指しています。また私が現在留学しているUniversity College London (UCL)はこのClinicと連携しており、臨床研究のさらなる発展を目指しています。このような関係性は、協力を通して互いに高め合える理想的なパートナーシップであると感じています。実際私もこれまでにClinic見学の機会を度々戴き、手外科医のMr. Ian Winspur (FRCS, FACS)、Mr. Mark Phillips (MA, MBBChir, FRSC(Tr&Orth))、整形外科医のDr. Hara Trouli (MBBS, MSc, Piano Dip)、そしてGPのDr. Frances Carter (BSc, MBBS, FRCP, FRCGP) の診療に同席しました。診察室ではきわめて詳細な問診と丁寧な身体診察のあと、持参の楽器で実際のパフォーマンス状況を確認します。電子ピアノが室内に設置されているので、ピアニストの診察にも困ることはありません。UCLでの講義に加えて実際の症例を見ることにより理解が深められ、とても有り難い機会でした。なお現在UCLで学んでいるPerforming Arts Medicineの内容については、千葉スポーツドクターコラムの番外編で記事を掲載して戴いておりますのでご興味のある方はそちらもご覧下さい。
今回の学会では自分の発表はありませんでしたが、音楽とダンスを愛する世界中の仲間と出会えたことが大きな収獲でした。学会後のパーティでは、地元の教会で若いダンサー達によるコンテンポラリーダンスを観ながらディナーを楽しみました。心に残ったのはオランダ人の心の温かさです。互いに第二外国語の英語で片言気味に語り合い、親愛の情を分かち合いました。歴史を遡れば鎖国を行っていた時代にもオランダとの交易が許されていましたし、長崎のハウステンボスでは今でもオランダの風情を感じることができます。遙か遠い国の人なのに、大好きな音楽とダンスの話をするときには肩を寄せ合い頬を紅潮させ、上機嫌で尽きることなく話しました。学会翌日は、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』(Figure 5) とレンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』(Figure 6) を見にマウリッツハイス美術館(Figure 7) を訪れました。だまし絵で有名なエッシャー美術館にも足を運びました。デン・ハーグはロンドンと比べてゆっくりとした時間が流れ、人もみな親切で素敵な街でした。これからも音楽とダンスを愛する仲間との友好の輪を広げてゆき、Performing Arts Medicineを発展させられるよう努力したいと思います。