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女性脊椎外科医として歩んできた道 ―それは1例から始まった― 

更新日 2017.8.8

松戸整形外科病院 脊椎センター長(平成元年卒)
安宅洋美

「女医」という職業についてから、来年で30年になる。その間に女性医師数は飛躍的に増え、病院で働く医師の約5人に一人は女性医師、という時代になった。ところが、診療科別の医師男女比では、整形外科は4.4%と、ダントツの最下位である。その中でも「脊椎外科医」となると、私が属する千葉大学整形外科では、平成元年~27年の全入局者中、女性脊椎専門医の割合は2%、さらに実際に脊椎手術を行う女性医師は0.6%と極めて少ない。脊椎関連学会(2016年)の抄録をもとに調査してみても、女性が筆頭演者の演題数は11/1080演題(1%)と同様の結果であった。このように、大変稀な存在である「女性脊椎外科医」である私が、これまで歩んできた道、学んできたことを、この機会に振り返ってみたい。

入局後14年の歳月が流れた2003年、私は脊椎外科のプロフェッショナルになる、と一念発起し、松戸市立病院へと赴き、良き師と巡り合った。その師とは、丹野隆明整形外科部長、独自の哲学の持ち主で、手術の技術よりも、「一例一例を大切に良く考える」「教科書に書いてあることは必ずしも真実ではない。真実を伝えるのは患者自身である」という理念を徹底的に叩きこまれた。幸運なことに、松戸市立病院は脊椎疾患患者の宝庫であり、典型的脊椎疾患から、「何これ・・」と絶句するような稀な重症疾患まで、多くの症例を経験することができた。来る日も来る日も脊椎外傷、重症脊髄症、急な麻痺、動けない下肢痛の診察と治療に追われ、帰りは遅く、週末も休む暇もなかったが、毎日が新しい出来事の連続で経験と知識が増えるのが楽しく、苦にはならなかった。

こうしてたくさんの症例を経験するうちに、即断即決が苦手で熟考型の私には、骨粗鬆症、リウマチなど合併症を有する難治性脊椎脊髄疾患の治療が任されるようになった。骨粗鬆症性椎体圧潰後の遅発性脊髄麻痺は、当時は難治性疾患の代表格で、手術治療は神経除圧と後弯矯正固定が必須、というのが脊椎外科の常識だったが、術後の重篤な合併症も多く、手術してもしなくても結果が悪い、no win situationとさえ言われていた。L1椎体骨折偽関節後の遅発性脊髄麻痺のため歩行不能の男性患者がいた。褥瘡感染のため保存治療を余儀なくされ、長期入院していたその人はお酒が大好きで、規律正しい入院生活に耐えられず、「お酒を飲めないなら死んだ方がいい!」と言って車いすのままぷいと退院し、そのまま経過不明となってしまった。それが1年後のある日、杖をつき歩いて外来にひょっこり現れた。偽関節部は骨癒合していたが、変形治癒となり、椎体後壁の突出は増大し、後弯が増強していたにもかかわらず、麻痺は改善していたのである。この1例から、遅発性麻痺の病態は、教科書で提唱されていたような、骨片による神経圧迫や後弯変形ではなく、骨折部の局所不安定性こそが、主たる病因であると考えるに至り、以後脊柱管除圧を行わない、後弯矯正もしない後方固定術を行ってきた。すべての症例で麻痺の改善は驚くほど良好で、再手術を要するような合併症も皆無であり、きわめて安全で効果の高い術式と考えられた。この術式について初めて学会発表した時のことは忘れられない。反響は絶大だったが、満場一致の大反論、除圧しないとは何事か、という大バッシングを浴び、炎上状態となった。それから10年が経った今、1症例の経験から端を発した「除圧を行わない、後弯矯正もしない後方固定術」が遅発性麻痺という難治性疾患に対する手術治療の一選択肢として市民権を得るまでになったことは感慨深い。

リウマチ性上位頚椎病変も私にとって思い入れの深い疾患である。松戸市立病院には人工関節手術を受けるリウマチ患者がたくさん入院していた。2006年のある日、THA術後のあるリウマチ患者の頸椎MRIについて相談を受けた私は絶句した。高度の環軸椎垂直亜脱臼により、C2の歯突起が半分以上大後頭孔から頭蓋内に入り込み、延髄につきささっていた。延髄腹側にある呼吸中枢が機能不全に陥っている可能性がある。呼吸状態を精査した結果、きわめて重症の睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome; SAS)であることが判明した。SASには、①上気道の閉塞が原因の閉塞性SASと②脳幹呼吸中枢の一過性の活動停止が原因である中枢性SASの二つのタイプがある。当然延髄圧迫による中枢性SASであろうと予想していたにもかかわらず、ポリソムノグラフィー検査で示された無呼吸イベントの99.5%が閉塞性であった。なぜ、閉塞性SASなのか? 手術に先んじて頭蓋直達牽引を施行、MRIで延髄の圧迫は軽減したものの、重症SASは全く改善しない。そしてO-T1後方固定術後、驚いたことに重症SASは劇的に改善した。なぜ、手術で重症のSASが治るのか?これらの疑問に答えを出すべく、この1例の画像の経過を何度も何度も繰り返し検討した結果、リウマチ性頚椎病変に合併するSASの病態は画像上一見高度に認められる延髄圧迫や頚部の短縮ではなく、頭頚移行部後弯変形による上気道狭窄がその主たる病因であり、O-C2アライメントの後弯矯正手術により改善する可能性がある、と考えた。この仮説をもとに、入院したリウマチ患者を片っ端から調べ上げた結果、仮説は次第に確信へと変化した。そして3年後の2009年、この研究により、Cervical Spine Research Society – European Sectionのawardを受賞した。それは、平凡な一脊椎外科医の私がたった一日だけ輝くヒロインになれた、まぶしい思い出として心に刻まれた。

こうして、すべてはきっかけの1例から始まるものだ。私は「教科書に書いてあることは必ずしも真実ではない。真実を伝えるのは患者自身である」という師の哲学を忠実に実践したにすぎない。その結果、疑問を解決する楽しさ、臨床研究の醍醐味を存分に味わい、ドラマチックな日々を体験できて、本当に幸運だったと思っている。しかしながら、きっかけの1例は良いことばかりとは限らない。反対に熟考を重ねて決定した手術が思い通りにいかなかったり、予想もつかないような経過をたどり、患者からの信頼を失い、自分自身も肩を落とし、涙にくれることもある。良いも悪いも「一例一例を大切に」、患者が教えてくれる真実を知るために、今日も私は患者の元へと向かうのだ。