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第31回 スポーツ選手と貧血 -池川 直志

更新日 2017.11.7

柏市立柏病院 整形外科
池川 直志

 “貧血”というと、女性と深く関わりのある疾患とイメージする方も多いかもしれません。 また、内科や産婦人科領域の疾患であり、スポーツドクターの話題に違和感を覚える方もいるかもしれません。

 

 しかし、スポーツ選手、特に成長期にあたる育成年代の選手においては、男女問わず貧血の選手は多くいると言われ、その割合は40%にも上る可能性があります。40%と聞くと多いように感じますが、この数字には自覚症状のない”隠れ貧血”も含まれているのです。

 

 私たちスポーツドクターは、スポーツ整形外科的な知識のみならず、アスリートに関する事であれば内科・外科・小児科・産婦人科など広い領域の知識が求められます。今回はその1つとして“貧血”の話題提供をしたいと思います。

 

 貧血の主な症状は、起立性低血圧(いわゆる、立ち眩み)、頭痛、動悸、息切れなどの易疲労感(持久力の低下)、口唇や眼球結膜の蒼白(顔色が悪い)、などが思い当たると思います。これらは自覚しやすい症状です。

 

 一方で、不機嫌、集中力の欠如、認知能力の低下、記憶力の低下、なども実は自覚しにくい貧血の症状なのです!これらの“自覚しにくい貧血の症状”が周囲に気付かれにくくもあり、“やる気がない”と誤認され得る症状と考えます。

 

 貧血を調べるには、血液検査を行い、ヘモグロビン濃度を調べるのが一般的です。赤血球の原料となる鉄の貯蔵量も同時に測定し、鉄分が不足していないかも調べます。

 

 一般男子の血液検査による軽度貧血・貧血の割合は、小学高学年で2.3%、中学生で4.4%というデータがあります。一方で、日本サッカー協会主導でサッカーエリートを育成しているJFAアカデミーに在籍する選手の54.4%に鉄欠乏状態を認めたとの報告もあります。

 

 では、何故、スポーツをしているとその割合が10倍~20倍高くなる可能性が生じるのでしょうか?

 通常、成長期では身体発達のため鉄需要が増加します。また、運動による発汗やエネルギー消費により鉄消費が増加し、相乗的に鉄分の不足が生じると言われています。育成年代のスポーツ選手は皆さんが思っている以上の鉄分が必要なのです。

 

 解決のためには、選手に貧血があるのか、無いのか調べることがまず第一歩になります。ただし、全員に血液検査を行う事は、針を刺し侵襲のある検査であることや費用の負担、時間的な負担が生じます(先程のJFAアカデミーやJリーグの下部組織の中には、定期的に血液検査を行っているところもあります)。

 

 そこで、私は現在“Pronoto-7”と言われる非侵襲的にヘモグロビン濃度を測定する器械を用いて貧血のスクリーニングを行っています。Pronoto-7であれば、指先にセンサーを装着して40秒程でヘモグロビン濃度の測定が可能ですし、ポータブルなので現場に持っていきその場で測定することも可能です。現在まで延べ300人近い育成年代選手の測定を行い、小学高学年・中学生年代では約40%、高校年代では約20%に貧血が存在することがわかっています。

 

 今後は、Pronoto-7で基準値を下回った選手に対して、医療機関を受診してもらい血液検査でも貧血があるのか否かを裏付けして、必要に応じて鉄材の処方や栄養指導を行う事で、貧血の選手をゼロにすることが目標です。それが、ひいては選手個人のパフォーマンスの改善に繋がり、チーム力のアップ、チーム戦績の向上に繋がると考えています。